浦安音楽ホール

合唱団イクトゥスのコンサートに行ってまいりました。やはり歌は良いです。時に胸はずませ時に目頭を熱くさせる歌詞の力。三部構成でしたが素晴らしい時間とはあっという間に過ぎ去ってしまいます。

さて、その浦安音楽ホールのハーモニーホールの方にギタリストが来ます。8月31日(土)14:30開演、新井伴典&谷川英勢ギターデュオコンサート。新井さんは私が中学生の時、定期的に師事している先生以外で初めてマスタークラスを受講した先生です。その時の衝撃は忘れられません。今年のジュニアギターコンクールとGLC学生ギターコンクールの最優秀賞者の押山一路くん(素晴らしい演奏でした!)の先生でもあります。若手育成だけでなく演奏も最高です。そして谷川さんは最近まで活動していたギターデュオ トラサルディのメンバーで、これまでの私との絡みはよく考えてみたら…大概お酒を飲む時だけでした!(笑)いつもやさしい英勢兄です。

久石譲のSummer、あの夏へ。そしてジスモンチの7つの指輪のデュオバージョンなどなどとても夏らしいプログラムだそうです。

バルセロナ交響楽団

サントリーホールにて行われた指揮者大野和士さん率いるバルセロナ交響楽団のレクチャーコンサート。

前半はラヴェルの「マメールロワ」。後半ではファリャの「三角帽子」をオーケストラアレンジとギターアレンジを比べるというコーナーがあり、ギターカルテットで共に演奏する徳永真一郎さんが出演しました。

暑さを吹っ飛ばすキレの良さとそれでいて共存する音の粒の美しさ、流石でした。「10代のためのレクチャーコンサート」ということもあり小さな子供もたくさんいたのですが、隣で男の子がお母さんに向かって「ギターってカッコいいねぇ」とひそひそお話ししていたのがとてもうれしかったです。

わたしもそうでしたが、人生ってなにがきっかけでどの道に進むかわからないものですので、こどもたちがこういった機会にさまざまなプロたちの音色を聴けるというのは本当に素晴らしいことだと思います。

バルセロナから海を渡って来た楽器のフライトケースたち。スターウォーズの格納庫みたい。

コンクールまで

湿気が多く、楽器のコンディションも日々変化しております。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

ブログをしばらくお休みしておりました。6月後半のアメリカでのコンクールに向けて日々調整を重ねております。

Guitar Foundation of America (GFA)は毎年アメリカの中の違うところで行われています。今年はなんとマイアミ。一次、二次予選ののち本選があります。毎年一次と本選の課題曲はコンクール1ヶ月前に発表され、しかもその曲はその年のGFAのために書かれた新曲です。いつも有名な作曲家に書かれるこの課題曲。今年はなんと世界的なジャズギタリストPat Metheny による作曲です。とてもカッコいい!けど難しいです。

というわけでここ数日はその曲を一日中弾いていたりします。ブログはコンクールまで控えめにさせていただきたく思いますので、どうぞご了承ください。

正念場です。

あ、それと1つお知らせです。

アメリカきら帰ってきてすぐ、6月28日に浦安市文化会館のロビーにてカフェコンサートをさせていただきます。パットメセニーの曲もおそらく日本初演しますのでよろしければお越しくださいませ。

ロンドンデリーの歌

練習中に武満徹編曲のロンドンデリーの歌を撮ってみました。
エヴァン那須という空間だったのですが建物に鉄釘が一切使用されず
すべて木でできた空間。響もとてもあたたかく練習がはかどりました。

やまごもり

しばらく山のなかのとある楽園にこもっておりました。
自分と音楽が向き合う時間はとても大切。
どんな時間よりもコンサート前に必要な時間。
こんな空間にずっといられたらいいなぁ。

これぜーんぶぼくの!って言いたいところですが、ちがいます。

マスタークラス in 名古屋

2日間にわたるマスタークラスを終え私自身もたくさん学ばせていただきました。
みなさんとても飲み込みが早くわたしの注文をすぐに実現してくだりました。
ありがとうございました!

主催の生田さんには今回もお世話になりました。
夏には毎年名古屋ギターフェスティバルというものを企画されており若手ギタリストとのコミュニティを駆使して今世界で一番ホットなトップギタリスト達を名古屋に招待されています。名古屋は今、とてもアツいですよ!

 

あれから9年

1月16日は私の最初の恩師、故平塚康史(ヤスフミ)先生の命日でした。
2010年のことだったのであれからまる9年が経ったことになります。

浦安市の地域連携事業の一環ではじまった「日の出ギターアンサンブル」。
まだ小学3年生だった私は家に眠っていた父のギターをケースも無しに裸で担いでサークルに参加していました。同年代の仲間と一緒にグループレッスンだったのでみんなで刺激しあって、しかしゆったりと楽しくギターを弾いていました。
ギターを「楽しい」と思い続けられたのはその「ゆったり」としたレッスン環境を作り出していた平塚先生のおかげでした。
なんと偶然先生の出身は私の両親と同じく愛媛県松山市。そんなこともあってあたたかい国のあたたかい先生だったのだろうか、と思うのです。

中学生になりコンクールに出るようになってからは他の先生のレッスンも受けるようになりましたが、それでも可能な時はサークルに顔を出していました。
しかし突如先生の体に不治の病が見つかり、それからのことはとても速かったように覚えています。もう限界だと周りが感じる時でさえ自分でギターを背負い教室に来ていました。ベットの上ではサイレントギターで右手の練習だけでもしていたそうな。

2009年、私は国内で三つのコンクールを受け、すべてで最優秀賞をいただくことができました。三つ目のコンクールで、本当は病院で安静を強いられていたにも関わらず先生は抜け出して聴きに来てくれました。あの時精一杯の演奏を集中して実現できたのは「今しかないんだ」という気持ちが前に出ていたからなんだと思います。翌年1月16日に先生はなくなりました。亡くなってから荼毘にふすまでの三日間は一つの雨も降らずカラッと晴れ、夜には月が綺麗でした。

16日は先生の家で奥様と献杯し、いろんなことを語らいました。先生とお酒をのむことはなかったけれど(先生はお酒を一切のまなかった…!)今考えるとお酒も飲まずに二人でよくもあんなにギターのことで喋っていたものだと今になって笑えてきます。

16日の帰り道、見上げると上弦の月がまぶしかったです。

ウィーンフォーラムギターフェスティバル

今年もこの季節がやってきました。今年は特にたくさんの名手が集うってのでちょっと楽しみです。
CDの録音、卒業試験のプログラム、コンクールのプログラムが三者まったく異なるので今回はやるべきことに集中しようと思いコンクールは受けません。
今までヨーロッパのコンクールで一緒に競ってきた仲間や知り合いがたくさん出るとのことなので練習の合間に覗いて応援したいと思います!

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